ベルリン
ベルリンの夜 【2004年5月16日】
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夜の街路灯
暗さを表現するのは難しいが・・
 ベルリンの夜は静かで仄暗い。もちろんディスコなど、街のどこかでは、ばか騒ぎをしているのだろうが、それは例外。東京のように街中、ネオンやお店の照明が煌煌と照り、昼間と違わぬ、あるいはそれ以上の人通りがあるところなど、ベルリン中を探したって見つからない。
 ベルリンに住み始めた頃は、そんな暗い街になじめず、どこかに明るくて、人が群れているところがきっとあるのだろうと探して歩いたこともある。銀座に対比されるクアフュルステンダム(通称「クーダム」)や、統一後高級店が軒を並べるようになったフリードリヒシュトラーセ。どこにも東京ほどの明るさと活気はない。若者に人気で東京の新宿や渋谷に相当する街があると聞けば、ハッケシャーホフやオラニエンブルガーシュトラーセも行ってみた。確かに若い人が多いことは確かだが、街は明るくはないし、その点で東京の繁華街に比べれば田舎町に過ぎない。ソニーセンターやアメリカ風のショッピングモールが作られたポツダム広場はどうか。ここも昼間は観光客でにぎわうとはいえ、ショッピングモールの商店が閉店してしまえば、人気もまばらになる。
 飲食店などは、蛍光灯を煌煌とともしているところはどこにも見つからず、皆暗闇の中で食事をしており、中高年の日本人観光客には暗くてメニューの字が読めないことさえある。旅行用に少しドイツ語を覚えて来て、知っている料理を探そうとしても、全くお手上げ状態となる。ドイツ人は、暗いところでも日本人よりはずっと良く目が効くようで、闇を苦にすることはないし、むしろ暗さを好むようだ。


 私はそんな暗さに慣れず、なぜドイツ人はこんな暗い中で食事をするのか、明るいところで料理の色を楽しんで食べた方が楽しいではないかとドイツ人に訊いたことがあった。ドイツ人に言わせると闇はロマンチックで、恋人のあばたも見えなくて都合が良いとのことだった。そのときは、やはり釈然としなかったが、このごろは、暗さに目が慣れるように、暗いところも悪くはないと感じるようになった。食事を目で楽しむということはできないが、西洋の料理は必ずしもそういう風には調理されていないし、ろうそくの明かりの下の方が、視覚に負担がかからない分、かえって神経が舌に集中するような気さえするときがある。
 こういう夜の暗さは、ベルリンに限らずヨーロッパの街の共通項だろう。以前ウィーンを訪問したときに「夜のウィーン」というジョーク絵はがきがあったのを思い出す。片面を真っ黒く塗りつぶしただけの絵はがきだが、ヨーロッパの都市の夜というのはそういうものなのだ。飛行機に乗って上空から見下ろすとそれは良くわかる。ベルリンだけでなく、パリもロンドンも、東京の明るさ、光り輝く大都会を想像すると全くあてが外れる。ロンドンはヨーロッパでもっとも明るいようだが、あれくらいの明るさなら東京の近郊都市はどこもロンドン並みだ。人口密度の違いもあるだろうが、衛星写真でヨーロッパと東アジア、特に日本と比べると、ヨーロッパはどこに大都市があるのかと地図を持ち出して比べないとわからないようなときもある。照明の数だけではなく、それぞれの光の強さも違うのだろう。

 谷崎潤一郎が『陰翳礼賛』を書いたのは、昭和8年のことだが、彼は西洋の光に日本の闇、陰翳を対置し、後者を礼賛した。谷崎はヨーロッパに来たことがあったのだろうか。谷崎が退けた「光」は、現在のヨーロッパのどこにもない。もしかするとアメリカにはそういう明るさがあるかもしれないが、少なくとも私の知っているヨーロッパにはない。ガス灯、電灯と西洋から入ってきた照明技術に、谷崎をはじめ多くの日本人は「明るさ」を感じていたのかもしれない。
 谷崎は闇を礼賛したが、戦後の日本人は光、そしてそれが象徴する西洋を礼賛し続けてきたと言えるだろうか。現代の日本の都会は、目がくらむほど明るくなり、この点で西洋を凌駕して西洋化した。西洋化=近代化の成果だろう。しかし「近代」の体現であったはずの、光り輝く「西洋」は今のヨーロッパのどこにあるのだろうか。日本人は近代の光に目がくらんで、本当の西洋を見失っているのかもしれない。【2004年5月17日】【長嶋】



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