ドイツ
託児施設数で見た東西格差 【2004年3月18日】
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  「縮まらない東西格差」。この言葉は、ドイツ国内の地域格差、つまり旧西ドイツ地域と旧東ドイツ地域の違いを表現する言葉としてしばしば用いられる。東西統一から10年以上が経つが、その差は容易には埋まらない。特に経済面の隔たりは大きい。そしていつも東が悪く、西が良いということに相場が決まっているかのようだ。


 しかし全部が全部そうだとは限らない。社会国家の西ドイツ(ドイツ連邦共和国)と社会主義の東ドイツ(ドイツ民主共和国)、託児施設の数から見ると後者 に軍配が上がり、それは東ドイツがなくなった今でも変わらない。
 特に3歳以下の乳児を預かる施設、学童保育施設の収容能力では、隔たりは顕著だ。下の表は、連邦統計庁(Statistisches Bundesamt)が2004年3月16日に発表した数値をもとに作成した。充実度の東西格差(西低東高)が良くわかる。

託児所収容能力(託児所収容人数/特定年齢の子供数)
子供の年齢旧西ドイツ地域旧東ドイツ地域
3歳以下(Krippenkinder)3%37%
3-6.5歳88%105%
6.5-11歳(Hortkinder)5%41%

 また託児時間で見ても同様の東西格差は顕著である。以下の表も統計庁の発表によるものである。

2002年時点での幼稚園(3-6.5歳児)の託児・保育時間

旧西ドイツ地域旧東ドイツ地域
全日制保育の割合24%98%
全日保育の収容力/子供の数21%103%

 90年代初頭に旧東ドイツでは出生数が顕著に下がり、託児・保育施設の半分以上が閉鎖されたのに対し、旧西ドイツでは90年代に託児・保育施設の収容力は170万から230万人分に上昇している。それにも関わらず上記のような格差が残っているということだ。
 確かに東部ドイツの方が、西部よりも働く女性にとっては好ましい環境にあるのだが、これをもって直ちに社会主義万歳とオスタルギーに共感するのは早計だろう。旧東ドイツがこれほど託児施設を作ったのには、そうせざるを得ない切実な理由があったということを想起すべきだ。つまり労働力の流出を防止するために「壁」を建設した国にとっては、女性の労働力は計画経済にとって欠くべからざるものだったということ。育児を理由に生産現場を離れて家庭に引き込まれては、計画経済が成り立たない。
 女性の社会進出のためというよりも、家庭への引きこもり防止のための「壁」であったと言えるだろうか。【長嶋】


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