環境/社会
18世紀からの遺産 【2004年8月3日】
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 現代文明は、18世紀後半にイギリスではじまった産業革命に依存しているところが大きい。この産業革命が進展する原動力となったのは、蒸気機関である。蒸気機関はすでに1698年にセーヴァリによって発明されていたが、18世紀はじめにニューコメンによって実用化され、ワットの大改良(1769年に特許取得)によって機械時代が到来することになった。

 蒸気機関の原理は、燃料を燃やして熱を発生させ、その熱で水を気化させて、その蒸気を動力源として機械を動かすということだ。蒸気機関は、電力や石油系動力が現れる20世紀初頭まで、機械動力としてはなくてはならない存在で、工場や輸送の分野で重要な動力源となっていた。

 あれから約250年。現在、工場の機械は電力を動力源とし、自動車などの輸送機械では内燃機関が主流となった。蒸気機関はもう、われわれの目で見える範囲からその姿を消してしまったのだ。



 しかし現在、18世紀に発達した蒸気機関が依然として利用されている分野がある。それは、発電だ。

 発電の原理は、それが火力発電であろうが、原子力発電であろうが、熱で蒸気を発生させ、その蒸気でタービンを回転させて発電機を動かしているということ。これは、蒸気機関の原理でしかない。ここでわれわれが現在問題視しているのは、熱を発生させるために石油や石炭、天然ガスなどの化石燃料を燃焼させるので、燃焼によって二酸化炭素が排出されるということだ。二酸化炭素は地球の温暖化の原因となる温室効果ガスのひとつで、地球環境に悪影響を与える。そのため、二酸化炭素の排出を回避する方法として、核分裂によって熱を発生させる原子力発電が効果的だという意見がある。

 ここで注意しなければならないのは、火力発電と原子力発電の違いは熱の発生原理だけだということ、つまり蒸気を動力源として発電するという原理は同じだということだ。

 発電に必要なのは何だろうか。前述したように、熱と蒸気だ。われわれはこれまで熱を発生させることに関連する問題、つまり二酸化炭素排出の問題には目を向けてきた。しかし、蒸気に関わる問題については考えてきただろうか。

 蒸気を発生させるには、水が必要である。それでは、発電にはどれだけの水が使用されるのだろうか。今年5月末にボンで開催された世界再生可能エネルギー会議(WCRE)の会議でスウェーデン人のフォン・ウェクスキュルが発表したところでは、発電における水の平均消費量(冷却水なども含めて)は、石炭型火力発電で3.8リットル/キロワット時、天然ガス型火力発電で3.7リットル/キロワット時、原子力発電で3.2リットル/キロワット時であるという(ドイツでは、石油による火力発電は行われていない)。

 ドイツ電事連(VDEW)が発表したところによると、2003年の発電量は、石炭型火力発電が2800億キロワット時、原子力発電が1560億キロワット時、天然ガスが550億キロワット時であった。前述した発電の平均水消費量をベースに、ドイツで2003年において発電に使用された年間水消費量を計算すると、昨年1年間だけで、火力発電と原子力発電のために1兆7667億リットルの水が使用されたことになる。

 人間が1日に摂取する水の量を、単純に1リットルとしよう。そうすると、人間は年間365リットルの水を摂取する。ドイツの年間発電水消費量を人間1人の年間水摂取量で割ると、ドイツで発電に使用された水の総量が何人分の年間水摂取量に相当するかがわかる。

 1兆7667億リットル ÷ 365リットル = 約48億超人分

 現在、世界の人口は約61億人。そうすると、ドイツ1国において1年間で発電で消費した水の量は、世界の人口の約80%が年間に摂取する水の量に相当する勘定となる。アフリカなど発展途上国では人々が水不足に苦しんでいるが、発展途上国全体の人口は約49億人。ドイツ1国の年間発電水消費量だけで、発展途上国全体の人々ほとんどに年間に必要な水を供給することができる。

 発電に使用される水は、単に「使い捨て」されるわけではなく「リサイク」されるので、前述のような数値による単純比較は適切とはいえない。しかし、地理的、気候上の問題があるとはいうものの、先進国と発展途上国で水の分配が極端に不公平になっていることを示すには、それで十分ではないだろうか。

 発電の水の問題はこれだけではない。蒸気は復水器で冷却されて復水されるものの、一部は蒸気のまま空に舞い上がる。われわれは発電によって、人工的に水分を空に放射しているのだ。空に上った水分が雨となって地上に戻ってくるのは周知の事実で、こうした人工的な気化作用が局地的豪雨の原因のひとつになっているのは、十分に推測できることだ。

 ドイツの場合、二酸化炭素排出量の約40%は発電によるものだ。だから、発電で二酸化炭素の排出量を削減できれば、削減効果は高くなる。この事情はどの国でも同じで、そのため日本などでは二酸化炭素を排出しない原子力発電に対する期待が大きくなっている。しかしこの期待は、熱を発生させる工程にしか当てはまらず、水の消費量の多さは原子力発電を拡大させても解決されない。

 こうして見ると、発電に問題があるのは、発電の原理が蒸気機関をベースにしていることにあるのはいうまでもない。われわれ人類は18世紀からの遺産を相続し続けながら、人類の生活の基盤である地球環境を汚染し続けているのだ。


原子力発電所でも、冷却塔からたくさんの蒸気が舞い上がる


 われわれは現在、発電に絡む問題を解決するため、発電効率を引き上げるための技術開発を行ったり(燃料消費の削減)、1部の国を除いては原子力発電をより拡大しようとしている。ただこれは、蒸気機関の枠内で問題を解決しようということでしかない。

 ここで、アインシュタインのことばを引用したいと思う。アインシュタインは、「問題を引き起こしたのと同じ方法で問題を解決するのは、不可能である」と述べている。

 われわれは今すぐにでも、アインシュタインのことばに耳を傾けなければならない。【fm】




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