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コッファー in ベルリン
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ガイスベルク街 (Geisbergstraße) 【2006年9月10日】

 寺田寅彦様、2006年の「ガイスベルク街」の風景をお届けします。『経済往来』(昭和8年2月)に「コーヒー哲学序説」と題して掲載された稿に、ベルリン留学時の下宿先としてこの通りのことを書かれていますね。お忘れかもしれませんので引用します。

ベルリンの下宿はノーレンドルフの辻に近いガイスベルク街にあって、年老いた主婦は陸軍将官の未亡人であった。ひどくいばったばあさんであったがコーヒーはよいコーヒーをのませてくれた。ここの二階で毎朝寝巻のままで窓前にそびゆるガスアンシュタルトの円塔をながめながら婢のヘルミーナの持って来る熱いコーヒーを飲み香ばしいシュニッペルをかじった(寺田寅彦「コーヒー哲学序説」)。

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ガイスベルク街
 ドイツで留学を始めたのが32歳の春だそうですから明治42年、1909年ということになりますね。100年近く経った現在の様子と比べていかがでしょうか。この界隈、現在は新規格の建築も増えましたが、住宅地であるのは当時と変わらないでしょう。引用した稿には、お住まいだった番地は書かれていませんでしたのでどの建物かは分かりませんでしたが、日記を読むとそれも書かれているでしょうか。
 「ノーレンドルフの辻」というのは高架鉄道のノーレンドルフプラッツ駅下の交差点でしょうか。この高架鉄道/地下鉄は1902年の開通ですが、高架鉄道の方はベルリンの分裂時代には利用されず、統一後に復活しU2(地下鉄2号線)として運行を再開しました。現在この駅の近くには、ベルリン最大と言われる語学学校ハルトナックシューレ (Hartnackschule) がありドイツ語を習う日本人語学研修生もおります。
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アカチーン街のカフェ
 この駅から南に下り、教会前に市場の立つヴィンターフェルドプラッツ (Winterfeldplatz)、さらにゴルツシュトラーセ (Golzstraße)、そして当時、日本人相手にドイツ語を教えていた婦人の住んでいたというアカチーンシュトラーセ (Akazienstraße) まではシェーネベルク地区でも飲食店の多い、繁華な界隈として知られており、ドイツローストの濃いコーヒーを飲ませるカフェも沢山あります。
 この界隈の取材にと地図を携えて出かけたところ「お若い方、道をお探しですか」と老婦人に声をかけられました。下宿屋の女主人のいばったばあさんは、こんな感じの人ではなかったでしょうが、あなたもベルリンに住み始めて同じように道を教えられた経験もあったのではないかと懐かしく感じました。

 サイトには小さなサイズの写真を掲載しておきますが、大きなサイズの写真をご所望でしたらおっしゃって頂ければ送らせて頂きます。(長嶋)

参考文献:
・寺田寅彦「コーヒー哲学序説」(インターネット図書館、青空文庫、所収)
・寺田寅彦「病室の花」(インターネット図書館、青空文庫、所収)
・Chronik Berlin, 3. Aufl. (Berlin, 1997)(『クロニック・ベルリン』特に1908年:地下鉄/高架鉄道の拡張)

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