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「よみがえった聖母教会 〜ドレスデン 60年後の和解〜」 【2004年8月30日】
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 第二次大戦の終わり、1945年2月13日から14日にかけて、ドレスデンは炎に包まれた。イギリスとアメリカの連合爆撃部隊による大空襲を受けたのである。ドイツ側の被害は計り知れないものであった。これは特に、ドイツ各地からドレスデンに疎開してきていた人々の記録が不十分だったことに拠る。
 ツヴィンガー宮殿やゼンパー・オペラ座に代表されるドレスデンの優美な風景は、永くドイツの誇りとして謳われていた。その一角に聖母教会の高い尖塔も含まれていた。大空襲によって瓦礫と化してしまった聖母教会は、戦後の復興から取り残されてしまうことになる。共産主義政権が宗教的な場としての教会の再建を好まなかったこと、ナチズムの蛮行と同時に英米資本主義国の野蛮を喧伝するのに格好の例であったことなどが、戦争直後の再建を妨げた理由として挙げられることが多い。その他にも、再建にかかる巨大な費用を捻出しきれなかったこともあるだろう。市民の中には再建運動を展開する者も居たが、実際に再建を賄うことは不可能であった。その結果、ドレスデンの聖母教会は、壁が開くまで瓦礫の山のまま放置されていた。
 1989年11月にベルリンの壁が開き、東西ドイツの再統一が実現すると、聖母教会再建の運動が再び高まった。イギリスやポーランドなど、ナチ政府による苦渋を舐めた被害者の中にも、美しい聖母教会の再建に賛成する人々が現れ、再建運動は世界的な一大プロジェクトになっていった。
 1991年から始められた聖母教会の再建は、崩れ落ちた瓦礫の中から使える石材を整理して再利用するという壮大なプロジェクトとなった。13年後の2004年6月22日、外装工事が完成する祝典が厳かに執り行なわれた。加害と被害の歴史を併せ持っていたドレスデンの聖母教会。加害者と被害者、被害者と加害者、幾重にも重なり合う加害と被害の思い出を乗り越えて、それぞれの想いを寄せた十字架が、再建された聖母教会の頂点に据えられた。
 今回、縁があって、この再建事業とその裏に潜んでいたさまざまなエピソードをNHKの取材班に紹介する機会を得た。【TK】

BSドキュメンタリー
「よみがえった聖母教会 〜ドレスデン 60年後の和解〜」
2004年9月4日(土) 18:00〜18:50 NHK/BS 1

聖母教会再建事業HP:www.frauenkirche.ipro-dresden.de/index01.html

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