文化/スポーツ
ロウソクの灯 【2004年12月9日】
Google
Web  bmk





 待降節はクリスマスに向けた4週間の準備期間のこと。その間に、4回の日曜日がやってくる。こちらでは、待降節に合わせてクリスマス・リース(写真)といって、樅の木の枝を輪形に編んで、松ぼっくりなどを付けた輪を飾る。輪には4本のローソクが埋め込まれていて、日曜日毎に新しいローソクに火を灯し、火の灯ったロウソクが増える毎に、クリスマスが近付いていることを実感する。



 ドイツでは、食事の時にロウソクに火を灯すことも多い。レストランでは、席に着くと、給仕が当然のように、テーブルの上に置かれたロウソクに火を入れる。家庭でも、食卓においてロウソクに火が入る。食事のときばかりでなく、友人たちが集まって団らんするときもそうだ。こういう風習は、ヨーロッパ各地で見られるものだと思う。

 ロウソクは、なぜここまで生活の中に入り込み、いつ何時でも灯されるのか。いろいろと、友人のドイツ人たちに聞いたことがある。しかし、全く埒のあかない返事しか返ってこない。大方は「雰囲気がいいから」とか、「気分がいいから」というムード派。それはそれで、非常に素直な気持ちで、納得はできる。しかし、文化の異なる異国からきた者としては、もっと意味深いものを期待してしまう。まだ電気のなかったことの名残だとか、何か宗教的な意味合いだとか.....。

 火は人類にとって、非常に大切なものであった。同時に、恐れの対象でもあったはずだ。火は人間が自由にコントロールできない自然なもので、人類には全く把握できない大宇宙のエネルギーを象徴するものとして感じ取られてきたのではないか。そういう火の一部である灯火と密着した生活。



 ロウソクは、日常生活の中だけで灯されるとは限らない。旧東独での民主化デモや、最近ではイラク戦争反対デモなどでロウソクが灯された。ロウソクの淡い炎に自由への願いや平和への願いを込め、炎の中に希望の光を求めたのではないだろうか。

 米英軍によるイラク攻撃が間近となった03年3月15日夜、ベルリン市民約10万人はロウソクや懐中電灯を持参して、ベルリンを東西に、35キロメートルにも及ぶ灯明行列を作り上げた。

 それに対して、日本の日常生活では現在、火を見ることがなくなったように思う。しかし、日本でもぼくが小さかった頃は、生活の中に炎がたくさんあった。田舎で育ったぼくの家にはかまどがあり、風呂を薪で沸かした。火鉢には、一年中炭火が消えることなく、赤い光を放っていた。町から遠く離れた部落では、まだ石油ランプを使っていたところもある。日本でも、昔は火の光が生活とともにあったのだ。

 ドイツでは、夜になっても部屋を電気でこうこうと明るくすることはない。人工の光は嫌われているかのようだ。電気の光は、壁に当てたりして間接照明されることも多い。本を読むときでも、本のところだけを明るくする人が多い。日本人からすると、暗いのは目に悪いとも思われるが、眼鏡をかける人の率は、日本に比べると、格段に低いと思う。

 こんな暗い中で、ロウソクは一層神秘さを帯びる。ロウソクの炎はちょっとした空気の流れの変化に揺れては、また元に戻る。そして、また揺れる。ぼくには、人々がロウソクの炎の光の中に生活の喜びや悲しみを投影しているように思える。そして、ロウソクが燃え続ける姿に、明日に向けた新しい希望を見い出しているのではないだろうか。日常生活において、ロウソクの光はなくてはならない存在なのだと思う。【fm】

初出:読売新聞欧州版1994年3月11日のリレーエッセイ、今回、加筆、修正。




広告/スポンサー
【関連記事】ベルリンの夜

Copyright © forum bmk All rights reserved