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伝統の二日酔い予防食【2004年9月9日】

 ゾールアイという食べ物を紹介したいと思う。ゾールは塩、アイは卵で、要は塩漬け卵のことだ。ドイツの伝統的な保存食のひとつである。

 作り方はこうだ。まず、ゆで卵を作る。できあがったら、まだ熱いうちに卵の殻をスプーンなどで軽くたたいて割っておく。殻はむいてはならない。次に、食塩水の入った口の大きな保存用瓶に卵を浸す。食塩水には塩だけでなく、胡椒の実、玉ねぎのぶつ切りなどを薬味として入れる。酢を少々入れてもいいという。この状態で約1週間卵を漬けた状態にしておく。卵の殻を割っておいたのは、食塩水を中まで染み込ませるためだ。

 それから約1週間。ようやく食べることができる。食べる分だけ卵を瓶から取り出そう。残りはそのまま漬けておく。次に食べるときにまた取り出せばいい。塩のおかけで身が締まって食べごろになっているはずだ。殻もはがれやすくなっている。しかし、ここで殻をむいてはならない。まず、ナイフで殻ごと縦、つまり長手方向に卵を半分に切る。おいしそうな黄身が出てくるはずだ。ここでむやみやたらとすぐに卵をほお張ろうとしては駄目。これからが、この料理の神髄だ。

ゾールアイ
ゾールアイ
ゾールアイを食べるには、たくさんの”道具”が必要だ。
卵を長手方向に切ると、おいしそうな黄身が現れる。

 小さなスプーンで黄身を取り出そう。あっ、駄目、駄目。それをそのまま口にもっていってはならない。黄身は最後に使うから、横にそっと置いておく。白身には黄身の丸いくぼみが残っているはずだ。そのくぼみに、マスタードを少し入れる。次に、サラダ油と酢を少々入れてやろう。あまり欲張って入れると、あふれ出てしまうので注意が必要。お好みで塩、胡椒を少々ふりかける。最後に、黄身を元のくぼみに戻してやれば、これで一応できあがり。サラダ油と酢が黄身の重みでドロッと白身の表面にはみ出してくるはずだ。

 さあ、食べよう。今度は、大きなスプーンの先端を卵の殻と白身の間に入れて、少し押し込んでやる。すると、白身が殻からスポッと抜けてしまうはずだ。それをまるごと一目散に口まで運べばいい。咀嚼するごとに、マスタードとサラダ油、酢が微妙にミックスされる。前歯が身の締まった白身を切り刻んでいく感触は何ともいえず快感だ。

 マスタードとサラダ油、酢を入れるのが基本だが、それにこだわる必要もない。小生が食べたときはウォッカやウイスキーも入れてみたが、これもなかなかいける。ケチャップやマヨネーズ、タバスコなどを混ぜるのも乙である。

 これは、決してゲテモノ料理ではない。元は保存食であったようだが、れっきとしたドイツの伝統料理なのだ。昔は、飲み屋に必ずといっていいほどあった。居酒屋料理なのだそうだ。しかし今は、ゾールアイを用意している飲み屋はほとんどなくなった。

 わたしにゾールアイを紹介してくれたのは、いきつけの飲み屋のマスターである。彼曰く、「ゾールアイを食べれば、飲み過ぎてもまたビールはぐいぐい進むし、二日酔いにもならないものさ」と誇らしげだ。われわれは、閉店を過ぎてもゾールアイに夢中になって、残りを平らげてしまった。わたしはウォッカを入れるのが気に入ったが、マスターはウイスキーがいいという。

 マスターのところには、いつもゾールアイがあるというわけではない。無くなるごとに、彼自身がまた準備しているのだ。したがって、次のゾールアイができあがるまで、最低一週間くらいはじっと我慢していなければならない。

 わたしが今度はいつゾールアイが食べられるか聞いたところ、マスターは来週だと答えてくれた。それを聞き付けたドイツ人の客は「えっ、ゾールアイがあるって?」とびっくり。マスターが「ええ、ゾールアイを置いてますよ」と誇らしげに応えた姿は、いまも印象に残っている。【fm】

初出:読売新聞欧州版1994年2月4日のリレーエッセイ、今回ごく一部修正。

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フリーランスのリサーチャー、翻訳者、通訳者
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