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シリウスが人命を救った【2004年11月12日】

 シリウスといえば、大犬座の首星。古代エジプトで太陽暦が生まれる基準となった恒星だ。「熱い」という意味のギリシャ語に由来するという。

 ただここでいうシリウスは、人命救助でひと役買った装置の名前のことだ。今年10月に起こった新潟中越地震では、2歳の男児が92時間ぶりに救助されたのが記憶に新しい。暗いニュースが続く中、あーよかったと、一抹の光明が差す思いをしたものだった。

 ほとんど奇跡に近い出来事だったが、その奇跡に貢献したのがシリウスだ。専門的には、電磁波人命探査装置といわれ、電磁波を発信することで、生き埋めになった被災者を探す。装置がシリウスと命名されたのは、大犬座の首星シリウスにちなんで「技術探査犬」をイメージしたからだという。

 その原理はこうだ。シリウスは発信機から電磁波を発信する。電磁波は何らかの物体に当たると、反射して反射波としてシリウスの受信機によって受信される。反射波はさらに復調器に送られた後、コンピュータに転送される。コンピュータの画面上では反射波の波形が表示され、その波形が詳細に分析される。反射波は、電磁波の当たった物体に応じて、微妙に変化して戻ってくるため、その変化を分析することで、物体が何か、生体なのかどうかが判断されるのだという。

 人間の場合、電磁波が心臓や肺に当たると、生存者であれば、心臓の鼓動の周波数と呼吸の周波数によって電磁波が変化するので、生存者が発見できるという。もちろん、生きた犬や猫などの動物も発見できるわけだが、人間の心拍と呼吸の周波数は動物のものとは異なるので、その違いさえ把握しておけば、生存者がいるかどうかが容易に確認できるというわけだ。

 シリウスの場合、探査距離がその機種に応じて異なるものの、数十メートルにもなる。そのため、危険な被災現場から離れたところから探査できるという利点がある。最高25メートルの深さまで探査できるという。さらに、音響探査ではないので、周囲の雑音に影響されずに探査できるという利点もある。

 このシリウス、実はドイツ製である。ベルリンの南にあるティロウという小さな村に立地するライオンウィングズという会社の製品。ライオンウィングズ社は今年6月に設立されたばかりの新会社で、社員はわずか10人しかいない。プロ野球の球団を思わせるような名前のうえ、やっとのことで野球チームができそうな人数だが、同社はハイテクを有する、れっきとしたベンチャー企業なのだ。

 えっえっ、そんな新しい会社にどうしてこんな最新鋭の装置が開発できたのか、と不思議に思うかもしれない。実はシリウスは、ライオンウィングズ社の前身であるSISセレクトロニック・インターナショナル・サービス社によって90年代中頃に開発されたのであった。開発は、ドイツ教育研究省の公的補助によって行われたが、SISはその後に倒産。しかし、シリウスを開発した技術者などがライオンウィングズ社を設立して、再建したのだった。特許権もライオンウィングズ社が保有 している。

 地震のないドイツで、どうしてこんな装置が開発されたのか。もちろん、シリウスは地震の被災地で埋もれた人々を探すためだけに開発されたわけではない。シリウスには、全体で9つのバージョンがある。人質事件において人質の居場所を確認するために利用されたり、火事や雪崩で生き埋もれた人たちを探すためにも利用される。今後は特に医療分野での応用が考えられており、患者の心拍や呼吸を監視したり、乳幼児突然死症候群(SIDS)の危険のある乳幼児を監視することにも応用されるという。

 ドイツでは90年代に、政府主導でベンチャー企業育成に大きな力が注がれ、その成果が実ってたくさんのベンチャー企業が誕生した。しかし、これらベンチャー企業の中には資金不足で志半ばにして消えていったものが多いのも事実。シリウスは、こうした状況の中で、生き残った技術のひとつだった。

 シリウスのように社会貢献のできる技術は、小さなベンチャー企業の技術に依存している場合が多い。というのは、用途の限定されている技術は大きな利益をもたらさないので、大手企業は関心を示さないのだ。

 また現在、地震予知や地球環境の保全に対して莫大な研究費が注ぎ込まれている。研究の目的は予防、つまり何かが起きるのを防いだり、災害の被害が少なくなるように事前に対処しておくということだ。しかし、その成果は未知だといわねばならないのではないか。そのため、こうした予防を目的とした研究と同時に、何かが起こった時にどうすべきか、そのために必要となる技術開発は何か、などについても考えて置かねばならない。しかしわれわれは、この問題についてこれまで十分に対処してきただろうか。

 そうした意味では、ライオンウィングズ社のように社会に貢献するベンチャー企業には今後も大いに活躍してもらいたい。【fm】

ライオンウィングズ社のホーム:www.lionwings.de(英語バージョンもあり)
 

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フリーランスのリサーチャー、翻訳者、通訳者
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