環境/社会
感想と討論
エネルギーよもやま話に関して、読者の方から感想をいただいたので、読者、bmk、筆者fmの間で行われたメールのやりとりを記録しておきます。
読者:エネルギーよもやま話は、面白く読ませていただきました。ただ、ドイツ政府およびドイツ人が本当に環境政策的な意味で再生可能エネルギーに傾倒しているのか、という部分に関しては疑問が残ります。

 以前聞いた話では、あるバイオマス発電所は再生可能エネルギーが環境に良いから手がけているのではなく、最低取引価格と通常電力の間の格差が利益になるから発電を行なっているに過ぎないことを明かしていました。再生可能エネルギーは副業に過ぎず、本業は別の工場でした。また、シュレーダー首相がつい先だってハーナウの原子力発電所を中国に払い下げるという発言をして、大きく批判されたことが思い起こされます。そこでも、やはり電力事業の経済性の問題が根底に存在しました。一般ドイツ人の多くも、少し高めの再生可能エネルギーを主体とする高価な電力を買うよりも、より安い原子力、一次エネルギーを選ぶ傾向にあるような気がします。

 ドイツが政策として再生可能エネルギーを後押ししているのは確かでしょう。しかし、その意識がどれだけ具体的に国民に浸透しているかについては、より緻密な検証作業が必要だと思います。

bmk:感想を有り難うございます。

 確かに市場は、市場の原理でやるし、政府内でもSPDや行政官は必ずしも「コスト」の高いエネルギーには賛成していないでしょう。しかし、国という単位で見たときには、やはり「ドイツは再生可能エネルギーを推進している」といって良いと思いますし、国民も転嫁されるコストを不承不承でも負担しています。

 我々はナショナリズムや国という単位での見方を嫌いますが、国と言う単位はやはりありますし、力がありますので、読者が実際にご覧になったような個々の細かい事例を積み重ねて行っても、国全体としての傾向が、反再生可能エネルギーだとはいえないと思います。もちろん個々の事例は、それはそれで面白いので、お暇があるなら、実際の見聞されたところを記事にしていただけると有り難いです。全体としてはこうだが、個別の事例もあるよ、となるとサイト全体として幅が出ます。一つのメインストリームではなくて、個別事例が挙がってくれば良いなと思っています。

 エネルギーよもやま話では、産業の再生可能エネルギー忌避傾向と資本主義の独占的傾向の関連付けを面白く読みました。その辺りはどうですか。


読者:私は、ドイツが国として再生可能エネルギーを推進していない、と言っているわけではありません。それどころか、よくココまでと言えるほど推進していると思います。

 しかしそれに対して、具体的に政策として推進しているほど、国民の意識改革の部分が進んでいないように感じるのです。コストに対して、国民がそれを負担する。それは消極的な形での受入れでしかなく、より積極的な意識改革を促していくことが重要ではないでしょうか?その意識改革をどうすればできるのか、ということまではまだ提案できませんが、そうした積極性の感じられない例として、市場原理に立脚したバイオマス発電の例とシュレーダー首相のハーナウ問題を挙げたつもりでした。

 感想を載せていただくのは構いませんが、今のままだと少し個人的過ぎる形なので、ちょっと書き直した方が良いでしょう。少し時間をください。ホームページに載せられるように書き直してみます。感想というか、補足という形になると思いますが。

 再生可能エネルギー忌避に関する部分、僕も面白く読ませていただきました。ただ、最後の小型発電所のバーチャルなネットワーク化と、それに基づくダイナミック性の獲得という提案は、少し現存の資本家層に阿りすぎではないかという気がしましたが。


fm:感想ありがとうございました。

 まず、小生の基本的な考えは、エネルギーは経済問題だということ、環境問題は経済問題だということです。この前提において、再生可能エネルギーが経済的にどういう可能性を秘めているかということを議論したかったわけです。

 だから文章の最後に書きましたが、環境問題についてはできるだけ書くのを避けました。また、ドイツの国としての政策はその説明に止め、できるだけ個人としてどういう考えを持っている人がいるかについて述べています。それは、ドイツの政策を評価することを避けたかったからです。同時に、ドイツの現在の政策は短期中期的な政策なので、もっと長期的な視野で考えることを前提としました。

 もうひとつは、現在のエネルギー市場の状況を把握して考えるということです。ここで前提となるのは、
1)電力自由化:
 自由化による競争激化で、電力会社は巨大な投資をできなくなっています。同時に、自由化による門戸の開放で、再生可能エネルギーで発電された電力を買えるようになりました。
2)原子力は必ずしも安くない:
 現在、ドイツで一番安い発電方法は、天然ガスを燃料としてガスタービンを組み合わせた発電方法で、それをコジェネとして利用すればもっと安くなります。たとえばドイツの場合、原発の半分以上は電力事業ではペイしていません。原発が事業として成り立っているのは、バックエンドのために貯えた引当金(課税対象になりません)から得られる利益配当による収益があるからです。
 ただ、これについてはドイツと日本は比較できません。日本の場合、電力事業法か何かで、電力会社はコストに利益を乗せた形で電力料金を設定できるようになっているからです。つまり、必ず利益がでる仕組みがあります。
 現在、日本でもようやくバックエンドのコストに議論されるようになりましたが(電事連は2020年まで約19兆円と予測)、ここではまだ廃炉のコストが入っていません。原発も老朽化しますから、いずれ停止して撤去しなければなりません。ドイツでは、廃炉コストは全体で6兆円と見積もられていますが、それをベースに原子炉の数を基準に単純計算すると、日本では廃炉にさらに18兆円近くかかる可能性があります。
 日本の場合、これらのコストのほとんどをこれから集めるので、これはたいへんな経済負担となるはずです。だから、原発は決して経済的ではない。

 これが小生の考えの前提です。

 それで、読者のおっしゃっている環境意識の問題に入りましょう。正直いうと、これほどたいへんな問題はありません。重要だけど、人間の意識改革は難しい。環境教育に関して、ドイツではたくさんの機関がありますが、小生は基本的に自治体レベルで実施されるアジェンダ21をベースにしていくのが一番効果的かもしれないと思っています。しかし、この問題はいろいろな方法とアイディアでいろいろな方面から取り組まなければならない問題です。

 ライフスタイルを変える必要もあります。つまり、省エネのライフスタイルです。ただドイツの場合、東西統一という問題があったので、統一によってライフスタイルの変更を強制された東部ドイツ市民のことを配慮して、今環境問題でそれほどライフスタイルの変更を求めていくべきではないというのが政府の考えです。それよりはむしろ、省エネタイプの家電製品や建物の断熱材の補強、ボイラーなどの効率の引き上げで省エネを推進しようとしています。

 でも、再生可能エネルギーが市場に出回りはじめた時、再生可能エネルギーで発電された電力の供給契約を結んだ世帯が、全体の4%もあっというから、小生はこれだけでもかなりすごいと思いますが。ただ、残念ながらこの数字は少し下がってきているようです。

 また、環境にやさしい電力を供給しようと、市民で自治体の電力公社を市民共同で買い取った運動もあります。たとえば、ドイツ南部のシェーナウというところでは、住民が原発で発電された電力を供給されたくないとして、配電会社を住民の力で買い取ってしまいました。

 それから、具体的な事例として実際の発電所の話をされましたが、小生は運転者の考えに異論はありません。それが本音だと思うし、むしろ副業としてそういう発電所ができることに意義があります。そうすれば、企業にとっても得だし、発電拠点の分散化が進みます。

 また政策的にいえば、電力を高く買い取ってもらえるので発電もやろうかという事業者が増えることを望んでいるのです。というのは、再生可能エネルギーは現段階では、普及すればするほど発電コストが下がるからです。

 次に、ハーナウの件について述べておきましょう。今回問題になったのは原発ではなく、混合酸化物(MOX)燃料の製造工場です。つまり、使用済み燃料を再処理した後に回収したプルトニウムを入れて核燃料集合体を製造する工場です。この工場は、90年代はじめに完成したのですが、まだ一回も運転されないまま停止されたままになっています。

 それで、この工場施設を中国が買いたいといってきたので、シュレーダー首相がいい返事をしたのです。

 ドイツが中国に売りたい一番の理由は、工場施設を核安で売ることで恩を売っておけば、工場の所有者であるジーメンス社が中国市場でもっとうまみのあるビジネスを展開することができるとの期待があるからです。

 ただ問題は、中国が再処理工場も持っていないのに、なぜ混合酸化物(MOX)燃料製造工場なのかという問題です。核弾頭にあるプルトニウムを電力用に向けることも可能ですが、現在中国が核兵器を放棄するとは思えないし、中国の買いたいという意図がよくつかめない。軍事用に利用される心配があるのです。再処理が経済的でないのは、本文にある通りです。

 それから、発電拠点の分散化とバーチャル化で経済にダイナミック性をもたらすという問題ですが、これはむしろ、個人などが小さな発電設備を持って、それをネットワーク化させて、大きな電力供給網とすることなどを考えています。それで、小さな機械の需要が増え、それのメンテナンスなどに必要なサービス業が地元に生まれることを考えていて、現存の資本層とは違う新しいビジネスが地元に生まれることを想定しています。もちろん、企業などが副業で発電していいし、農家が家畜の糞からバイオガスを回収して発電することも考えられます。つまり、いろいろな手段を利用しなければならない。

 こういう形で分散化した経済であれば、賃金の高低はそれほど大きな問題にならないのではないかというのが小生の考えです。本文で流動性について触れていますが、流動性が少なくなれば、価格の高低や賃金の高低は市場においてそれほど重要な要因にはならなくなると思うからです。地域通貨の基本的な考えも、ここにあると思いますが。

 再生可能エネルギー法による支援方法の元祖はアーヘンモデルといわれ、下から上がってきたものです。再生可能エネルギー法の一番の特徴は、政府が直接補助せず、経済活動の中に補助システムを確立したもので、施策としては世界的にも画期的な手法です。この施策が、再生可能エネルギーが普及してきた一番の功労者なのです。

 政府がこれまで補助する手法としては、税金を資金源として直接補助するだけなのですが、経済活動をどういう形で平等に、かつ効果的に支援するか、そしてその負担をどう平等に分担するかという問題があります。それでドイツが取った手法は、施設の設置には有利な融資(資金源は税収から)、運転については経済活動の中での補助をと分担したわけです。

 むしろ法律の根本は、経済的な魅力を持たせるための手法として、読者が挙げた事業者のように、経済目的で設置して事業を展開するのを促進しています。同時に法律は、大手との価格競争に負けてしまいわないための保護機能を果たしています。

 たとえば、再生可能エネルギーからの電力を販売している電力会社のほとんどは、自治体所有の都市電力公社です。これは、再生可能エネルギー法の支援を得てビジネスをしたほうが、大手の大きいところとの価格競争の影響を受けにくいからです。まあ、もちろん大手は卸が中心ですが。

 問題はむしろ環境意識でなく、こういう保護機能を持たせてぬるま湯につからせた場合、運転事業者がコスト削減の努力をして独り立ちできるようになるかどうかの問題です。そうしないと、再生可能エネルギーは経済活動としては経済性のないもので終わってしまう危険があるからです。この点に、政府と産業界の見解に違いがあります。政府は、生まれたばかりの赤子を冷たい海(市場)に投げ捨ててはすぐに溺れてしまうではないかという考え。それに対して、産業界は「かわいい子には旅をさせろ」ではないが、はじめから厳しい条件の下においたほうが経済性を早く達成できるようになるという考えです。もちろん、産業界の本音は高い電力はいやだということですが。

 それで、法律の目的は再生可能エネルギーを経済性があるように育成すると同時に、より普及させることで製造コストが下がるように仕向ける。そして、その結果として環境効果が出ることが期待されています。


bmk:アーヘンモデルの説明有り難うございます。

 ドイツの再生可能エネルギー利用の成功は、個別の発電事業者を国民経済の枠組みに取り込むことで、成功したと言えますね。そこが面白いところです。

 さて産業界が再生可能エネルギーへの反対論拠として、ドイツ経済の国際競争力低下を持ち出すことがあったかと存じます。そうすると競争力を「底上げ」するために政府が経済に介入しなければならなくなるでしょう。しかしそれもEUの中でチェックが入るとなると、環境に優しいエネルギーと共生できる国民経済のあり方が問題となってきます。そこが興味あるところです。

 EU全体が、ドイツ並みにコストの高い再生可能エネルギーを推進しない限り、ドイツの経済政策は、ナショナリズムの方向に向かわざるを得ない。そうするとEUの屋台骨がぐらつきかねない。この葛藤を調整できるか否かにEUレベルの再生可能エネルギー普及がかかっていると思うのですがどうですか。
 保護貿易主義を唱えたフリードリヒ・リストのことが思い出されますが、ドイツ経済は、19世紀のように国内市場だけでやって行けるわけはないので、再生可能エネルギーを維持するために経済ナショナリズムを打ち立てても限界があるでしょうね(再生可能エネルギー普及による新産業・新雇用創出というのは経済ナショナリズムの図式で理解するべきでしょう)。と考えると、再生可能エネルギーブロックの可能性はやはり、EUレベルになるかなと思うのですが、いかがでしょうか。


fm:一応、欧州指令として2010年までに域内全体で再生可能エネルギーの比率(電力消費で)を22.1%にすることを目的にして、各国の現状に応じて各国が達成すべき比率が規定されています。欧州委は再生可能エネルギー推進策を統一したかったのですが、反対があって各国独自の施策でやることになっていて、欧州委が目標値を達成できないと判断した場合、強制的に施策を規定することになっています。ただ、施策統一の実現性は薄いと思います。

 再生可能エネルギーの問題は、これだけでは考えられず、電力自由化、排出権取引(京都議定書)、環境税の導入など環境に関連するいろいろな施策と一緒に考えなければならないと思います。

 いずれにせよ、環境ではやはりドイツが牽引車で、二酸化炭素排出量の削減でもEUは京都議定書に従って削減する分の半分近くをドイツに依存しています。もちろん、経済活動が一番盛んだということもありますが。まあ、これらすべてに関してドイツの経済界が不満に思っている。

 しかしEU全体で考えると、財政負担の問題、農業補助の問題、地域格差の均衡化、労働力の移動などなど、ここでもドイツの負担はたいへんなものです。EUがこれだけ大きくなると、国家というものの位置付けが難しくなっているのも事実で、EU拡大に対する不安などで余計に国民を内向きにしている面があると思います。

 ここで問題になるのは、企業は人間よりも自由に移動できるということです。企業の移動は正直なところ、お金で優遇することでしか止め用がない。もちろん、人間も移動できますが、企業は賃金の安い場所を求め、人間は賃金の高い場所を求めます。それで、グローバル化で活動空間が大きくなれば大きくなるほど、この傾向が強くなる。そうすると、どうしても国民は内向きになってナショナリズム化しやすいと思います。

 しかし、もう世の中はすべてのことを国家レベルだけで考えていては駄目な時代に入ってきています。それで、経済活動(企業)と人間の生活のギャップは益々拡大していくと思います。

 こうした流れの中で、グルーバル化する経済(大企業中心の)に対抗して人間が地に足をつけた形で経済活動に参加できる手法は、経済の分散化ではないかというのが小生の考えです。つまり、大企業という上からの流れと、市民をベースとした下からの流れを作るということです。これは、流動性が大きい流れと流動性のない流れといってもいいかもしれません。

 それで、その下からの流れをつくるひとつの手段が再生可能エネルギーになるのではないかというのが小生の考えです。地域通貨などもそのひとつの手段になるかと思います。


bmk:説明を有り難うございます。

 「ドイツの負担」は、将来、排出量取引でどの程度相殺されるものなのかということも、関心がありますが、排出権は国内需要もかなりあるようですから、国を単位としてドイツの有利になることはあまりないかもしれませんね。相対的には、そとから排出権を買わなくて言い(良い?)分が有利になるかもしれませんが。


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bmk Berlin
フリーランスのリサーチャー、翻訳者、通訳者
bmkberlin.com

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